もしかしたら、2日前寝不足だったからか、はたまた先週台風だったからか、どこかは分からないが調子が悪い。寝付きも悪く暑くて何度も起きる。未来の不安のような調子の悪さである。
そんな折、両親から呼び出され、適当に生返事を続けていると車のバックシートに。ドライブに行くらしい。調子が悪いときは断りにくい。特に両親からのものは、アリバイを作っておかねばという圧力を感じてしまう。そもそも、経験上、無理矢理にでも移動しなければ横になったまま動けない日になってしまうので、流される他ない。
バックシートで横になり、否、シートベルトをしてシートを軽く倒している。そんな状態でも頭の中では横になっていると判定されているだけである。途中、カフェの駐車場に停まり、注文しないと店に申し訳ないと思いコーヒーゼリーを注文したらイートイン用の鉄のスプーンで来たのでテラスで完食し、道の駅のトイレに行き、また移動。目的地は健康ランド的な場所だったらしい。
自我がはっきりしないまま健康ランドのエントランスにいた。番号のついた鍵を腕に巻いて、それでもまだ釈然としなかった。床は石のタイルで、木製の台には土産物が売られている。右手には畳の段があり、本棚とマッサージ器、奥には食堂が見えた。左側には木製の階段と木格子の引き戸が並ぶ廊下。国内の大き目の空港が和風テイストを出そうとして作ったモダン江戸村みたいなスペースに類似している。階段をくぐるように伸びている路地を通り、フロアを一周。ダンジョンRPGに換算すると4×3の大きさの回廊の外側にトイレ、マッサージ、岩盤浴の室があり、内側に入る方向に2階へ登る階段があるようだ。きっと温泉に入ったほうが良いだろう程度の意気込みでは、まだ2階に温泉があるか確信が持てなかった。それにしても全体の見取り図が分からない。念の為靴箱があるところまで戻るとようやくマップを見つけ、大浴場が2階にあると確認。事務的だとは思わないが多少客観的すぎるデザイン。私が本当に欲しかったのは「あなたは!温泉に!入るのです!」という確信であった。例えばゲーム雑誌の記事であればきっと、ボスの場所やアイテムの位置など重要度に応じて差をつけていたと思う。ともあれ温泉の位置は把握したので本棚を精査することにした。
縦180横120センチくらいの棚が8つ、3畳くらいの空間に2×2の島を2つ作る形で置かれていた。その周りにあるスツールやマグネット将棋が置かれたちゃぶ台で漫画を読むらしい。雑誌及び漫画以外の単行本はなかったと思う。大体が週間少年ジャンプだった記憶で、こち亀もある程度以上はあった。呪術廻戦など連載中の作品も確認。ベルセルクはあったが、ゴルゴやドラえもんは無かった気がする。ものすごく興味があるわけでもないので正確には覚えていない。食戟のソーマの最終巻を手に取る。2010年代の漫画はエピローグ的な話を別冊のジャンプで数話掲載するので知らない話が多い傾向にある。何となく急に出てきた急がする主人公の異母兄弟の出自などが判明した。別冊にエピローグがあると書かれなければ自覚しなかったであろうモヤモヤが解消された。
温泉に関しては、以前似たようなデザインの温泉に入ったことがあった。そのことにモヤモヤしながら、体を洗い、湯船に浸かり、汗が引くまで体を冷まし、汗をシャワーで流し、体が乾くまで待ち、服を着、レストランに向かった。地域の名産品をカツにした美味しさはあるが必然性は薄いメシだった。名産品にそういうひと手間をつける環境こそが、その地域に来た醍醐味だと思う。
帰路、リサイクルショップでポータブルCDプレーヤーを100円で入手できたのでうれしい。弁当と明日のおかずを物産館で買う。
途中から調子は良くなるきざしはあったものの、旅程が慌ただしく落ち着いて調子を良くするゆとりはなかった。ただ、肉体的には元気だったので、何もできない中ここ十数年レベルの悩みについて考えるようになってしまい、ついにはその悩みを受け入れてしまった。気持ちは安らかになり、それから体が重くなってしまった。
それはそれとして、家に帰ると異音が始まった。テレビの裏からパキッパキッと音がする。ついに漏電か、はたまたテレビ台にガタが来たのか、様子を探っていると違和感。音の出どころがどんどん動いている。様子を見ていると、小指の爪ほどの大きさの虫が飛び出してきた。すぐトイレに流したがその夜は物音が気になって眠れなかった。
翌朝、疲れのあまりラーメンで済ませ、アマプラでプリティーウーマンをつけたが最後夕方までろくに立ち上がれなかった。頭だけはどんどんと痛くなる。昨日の夕方から心は軽くなったが体はなんだか重い。しかし、ふと大野に確認事項を思い出し、ついに不調から脱した。
ここまでなら良かったのだが、とても辛いことが起こってしまった。昨日買ったサンマがとてつもなくしょっぱかったのである。アンチョビくらいのしょっぱさ。せっかく買ってきて焼いたサンマが口に合わない。不安な気持ちを忘れるくらいの悲しさであった。
漠然とした不安でによって調子が悪いときは、本当に辛い目に合うまで何か挑戦してみよう。そういう教訓を思いついた。
しかし、それからスープにサンマを浸したら塩加減が丁度よくなると気が付き、良いリカバリーを思いついたと思ったのだが、調子に乗って追加で2尾浸したら先ほどと大差無い塩辛さになったので最後まであまり救いがない。気持ちの落ち込みそのものはなくなったと思うのだが、その間に蓄積した頭の痛さは残ると思いながらどうにか完食した。
あのときの悩みもそんなメシがきっかけだった。
料理はもしかしたら私の人生観に深く関わっているのかもしれない。
※日記、何らかのオチを考えながら内容をつける方針を試そうと思いました。生きているときには上手いオチがついたと思ったのですが、そこからどんどん出来事や考察が増えて収拾が付かなくなるようです。

