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2026.02.12
2025.10.18

diary250320「ゼイリブ」「打撃マン」覚え書き

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相撲のテレビ中継を観る夢だった。男女問わず相撲を取っている。どの試合もまわしがどんどん緩んでいって局部が露出するという内容だった。こんな事あるのか、テレビで流していいのかと動揺するところで目が覚める。

少し前に探偵ナイトスクープで小学生の女の子が相撲のリベンジをする回を観た。相撲大会で合計三十分近く相撲を取って決着がつかなかったのでくじ引きになり、不完全燃焼で負けた雪辱を晴らすという内容。雪辱戦もほんの少し間延びしていて楽しかった。

寝る前は打撃マンという漫画を読んだ。胸くそ悪い悪人と対峙し、実際にだしゃあと殴り抜ける群像劇。次々と政治家を、パワハラを、立てこもりを殴り、どんどん左遷されていく男が連載のメイン。それでも夫婦円満で、頻繁に裸体が登場する。打撃マンを印象付けているのは悪人を殴るという運動が、人知れず「打撃マン」という思想として語られ同時多発的偶発的な集団として存在している点である。単発だが、新米の相撲取りもレギュラーキャラに導かれ、打撃マンに目覚める。

人間が相撲を取るから楽しいのか。相撲取りが動くから楽しいのか。楽しいのは裸体だからか。暴力とは、血ではなく肉体の躍動なのか。相撲は長い方が楽しいのか。色んな疑問が具体的になった夢だった。

そんな日のテレビ欄の夜の部分、BSで「ゼイリブ」が放送されることを知る。世界が人ならぬ何かに支配されていて、人間は都合よく洗脳されている。それを暴くサングラスを手に入れた主人公がレジスタンスに加わる物語。しかし、この映画を観た誰もが、主人公が知人にサングラスを着けるかどうかでもみ合うシーンを覚えてしまう。とにかく必要以上に長い。あんな夢をみたのだからきっと今日はこれを観るための日なのだと、心待ちにしながら作業を行う。夜のスタジオ練習までに原稿を書き上げなければならない。

差し替え待ちにしていた原稿のQRコードを正しいものにつくり直している所で映画が始まる。働き口を探す主人公、頻繁にテレビが映りCMが流れている。街なかでは社会が支配されているという演説を警察官が取り押さえている。そうだった、サングラスを手に入るまでが長いんだった。バック・トゥ・ザ・フューチャーの1作目も過去に行くまでが丁寧であるように、続きもの以外の映画は導入がつきものであった。

映画は段取り良く社会の荒廃を描き、行き着いた先がレジスタンスのアジトだったことを知る。紆余曲折あってサングラスを手に入れ、社会の真実を知る主人公。「支配する種族」に追われる主人公。なかなか、目当てのシーンが来ない。記憶と映画の時間軸が一致しない。仲間を集めるシーンなんてもうちょっと序盤だったと思っていたのに。

期待していたシーンは映画が始まってから1時間少し過ぎてからだった。もみ合いも、相撲のような投げ合いではなくて殴り合い。およそ7分、つい時間を計ってしまった。間延びした肉弾戦という意味では期待していた通りだったが、物語をみる上ではサングラスを着けない事にやきもきしてしまう。確かそこから敵の隠れ家を襲って何か社会風刺的な示唆があった気がするのだが、もう家を出なければならない。

とりあえず、アレは相撲とは遠いと思いながら家を出た。それからは大野と諸々の打ち合わせだったので相撲のことは忘れてしまった。

改めて思うと。相撲とは決着を着ける事だと思った。決着が着くから楽しく。その瞬間なら長ければ長いほど楽しさが続くのだろう。

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