作業ができる日のはずだった。もう一度見たかった映画の配信を発見してご機嫌。しかし、邪魔が入る。外食に行く。タブレットで注文する方式。もう少し食べたいと思っていたが、会計がゾロ目だったので注文をしない。
映画を見に行く。タイトルは、どうすれば良かったか。統合失調症の姉と彼女を監禁する両親を撮ったドキュメンタリー。ホームビデオのような物を想像していたが、良い意味で裏切られる。弟がカメラを取るようになる前のナレーションとスライドショーは間がプロっぽい。ものすごくディテールを作り込んだモキュメンタリーにも見える完成度に引き込まれる。
そして、良くないドキュメンタリーにありがちな傍観者感がなく、意志のあるカメラ。撮影者は弟なので、当事者そのものではある。その中にどこか達観して、家族を被写体としか観ていないような側面もある。あたかもそのために訓練をしたかのような熱意にも思える。
そんな空気感の中で、撮影者が家族に語りかける言葉からストーリー性が生まれる。姉を病院に連れていけなかった気持ちの行く先に、生きる強さを感じ元気が出た。
それが何かを語るためにはバッファロー66と言う映画について語る必要がある。その映画をあけすけに説明すると、両親への復讐と死を考えたが生き残った人々に都合良く扱われる夢を見てスパッと諦める、という話だった気がする。とにかくスカッとした。それを踏まえると、『どうすれば良かったか』と対照的な面がある。結局、姉は死んでしまうので葬儀で好き勝手に弔われてしまう。しかし、当作はバッファロー66とは異なるので弟による問いかけが行われるのである。それが復讐だったのかは定かではない。とにかく世界にはダシにする側とされる側があり、死者は最大の弱者なのだと思う。その時点で生きている人間の強かさに胸を打たれ心が晴れやかになった。過程は概ね正反対だが、導き出される結論は2作とも同じなのではないだろうか。
他にも書きたいことがありはするが、映画そのものの感想としては以上とする。
映画に行く前に映画好きの知人を見かけていた。きっと私が観る前の回を観ていたと思う。彼を探してその映画の具合を聞いてみようかと思っていた。しかし、スタジオ練習の日程が気になったのでワードアップに向かう。大野がいた。ちょうど大野に確認を取ることがあった。告知の話や世間話などを挟みつつ、5月3日のデュオのライブの話へ。
実はユニット名の表記についてライブに支障が無い範囲で軽く揉めていた。その事実確認をしているうちに大野のアクロバティックな認知が明らかになり呆然とした。相手を納得させるという邪心が一切無く、本人が思ったままを忠実に話してくれた点だけは正直で好ましいと思う。途中、大野がライブの告知の作業を始めたので待っていた。30分以上1時間半未満は。待たされていることに釈然としない気持ちが無いことは無かったが、すごくびっくりしていたので私の方もそれくらい落ち着くための時間が欲しかった。

