出かけようと思っていたが地震があったので諦める。どうやら、そういうニュースには人一倍弱いらしい。
戦隊ものの好き嫌いが激しいのも、そういう傾向と関係しているのではないかと思った。近年、『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』という作品は気に入ったのでほとんどのエピソードを観た。これは、人間に対する嫌がらせが抽象的なのでストレスが少ない。抽象的というより「怪人」の存在が希薄で、倒されるための装置にしか見えない。何か複雑そうな世界観が見える中、クセの強い登場人物が掛け合い、尺が埋まったら誰が怪人だったか判明(戦隊のメンバーだった回も複数ある)し、パパッと倒して終わる。
さすがにそんな表現は誤があるとは思うのだが、観てから何年も経つとどんな話だったのかほとんど覚えていない。分かりやすい戦隊だったら、主人公たちがどんな集まりで怪人を使役する何らかの組織を倒す話、例えば忍者の末えいが妖怪を倒すとか説明できる。ドンブラザーズは何の集まりか不明で、怪人と対立組織に直接的な関係は無い。さらに、別の対立組織も存在する。ドンブラザーズとはどんなシステムで、いったい何と戦っているのか。愛妻サラリーマンの戦隊メンバーの妻と逃亡犯の戦隊メンバーのフィアンセが同一人物である真相とは。様々な謎を推進力にして物語は繰り広げられたのだが、何だかドタバタしていたことしか印象に残っていない。心には残るかもしれないが、シンプルに説明できないものは結局記憶に残りにくい。
それで、TVerでドンブラザーズの劇場版を配信していたので観てみたら意味不明で好ましかった。戦隊のメンバーが映画撮影に誘われる話で、女子高生のイエローが緊張して終始裏声でセリフを言う所が常軌を逸している。そして他の戦隊のメンバー、ライバル、喫茶店のマスターが映画の主役を取り合って撮影はメチャクチヤになる。大喜びした映画監督が怪人になり、撮影は無事成功した。ラストの試写会のシーンでは、イエローを社会的に抹殺して戦隊に入るきっかけになった人物も登場したが、特に正体が明かされることもなかった。物語を整理すると、登場人物がユニークに暴れて怪人を倒し、縦軸の謎が明かされたりされなかったりして普段通りだった。
そんな劇場版ドンブラザーズは、「ヒーローなんてね、仮面ライダーに任せておけばいいのよ」と実際に登場人物が話すくらい開き直った作風だ。爆弾発言ではあるが、何回か観ているうちに作品のテーマに関わる感動的な言葉に聞こえてきた。
ドンブラザーズの世界では、彼らは本物のヒーローである。それでも映画撮影にかまけていても良い。それも立派な人助けなのだから…。また、ヒーローには誰もがなれる。30代サラリーマンや逃亡犯、無一文の俳人も主役の座をもぎ取った。実際に彼らがドンブラザーズのピンク、ブラック、ブルーだから驚きだ。そうして、だれもかれもがヒーローとして立ちあがれるようになった頃、本物のヒーローは誰も知らない場所で新たな人助けを行う。
一生懸命行動しているうちに誰しもがいつの間にかヒーローになっている。ヒーローらしいヒーローを仮面ライダーに任せたとしても、ドンブラザーズはヒーローなのだ。まぁ、やっていることは映画の撮影で出しゃばっているだけなのだが。
文章で感想を書いたら、ちょっとまともそうな話に思えてきたからよろしくない。実際は疲れたときに見ると寝つきが良くなるような不思議な映画だ。何も考えたくない時にみてほしい。

