冬の企画展「光のもよう◇浮かび上がる文様 シマカミリッカの世界展」
https://ngp.jp/nagashima-museum/entry2.html (企画展のリンクがわからん)
シマカミリッカ氏の作品がどんな物体か一単語で伝えると「デコレーション」である。塗料が「ぷっくりシール」のように膨らんでいて、ラインストーン的にぎっしりと弾幕を描いている。奥の方に何か背景が薄っすらと見える。塗料の並びは背景に沿っていたり、背景よりも隣の「盛り」との距離感を優先して置かれたりしている。ここまで説明するとだいぶギャル的なアートのように感じるが、盛られた塗料の紋様がどこかクラシカルなテイストを含んでいるのが引っかかる。
今回の個展には氏の作品の背景について説明があり、私が個人的に抱いている謎の先をゆくものだと分かった。シマカミリッカ氏は陶芸の絵付け職人をしていた、とのことで先述の「盛り」は絵付けの技法の応用らしい。展示の説明文には「陶器の絵画化」と書かれていた。なるほど、紋様の雰囲気は陶器が由来だったようだ。
ただ、全てが陶器由来ではないだろう。紋様の背景には瓶や薩摩切子のピクチャーが使われることがあるが、ぬいぐるみを使う作品もあった。作品の世界観として、陶器と対照的なものを掛け合わせようとする意識を感じる。おそらく、作品に対して「ギャル的」と感じたのは的外れではないはずだ。
ここで、陶器的な要素とそうでない要素の境界線が分からない部分があるのが凄いと思った。作品をみていると、描かれている紋様が陶器由来のものか別のものか分からない時がある。シンプルに紋様がかわいい、というケースもある。それ以外に紋様をアレンジしているのではないかと思う部分もある。世の中の陶器には中華ファンタジー的なイラストが描かれているものもどこかで見かけたことがあると思う。そういう図案を描いた作品もあるのだが、妙にファンシーさが誇張されている気がする。
正確な呼び名が分からないが、白ハゲで猫耳の位置にボンボンがついている童はイメージできるだろうか。それが何処となく現代的なオーラを帯びているような気がする。後から調べてみると、確かに例の童は氏の作品でなくでキャラクターチックだった。氏の童は何かの図案に沿ったものかもしれないが、アレンジされたものかもしれない。
要は、両方の要素を接合面が分からないレベルでものにしている事が分かった。
急に私の話になるが、私にとっての寿司というのものは完全に借りものである。パフォーマンスにあたって、専門的な実在する寿司を再現したいとは思っていない。自分のなかで咀嚼したい思い出や疑問は非常に分裂していた。それらを最小限に包括できる括りが寿司のイメージだった。寿司に抱く個人的な「イメージ」であり、実在する技術や料理ではない。
そういう意味で、私が実在して伝統的なそれに近づく可能性はかなり低い。同時に、とても根拠のある技術で思いもよらない世界を作っている作品は、私では到達できないと思いつつもとても惹かれてしまうのである。


